泣く泣く別れたジムニー!ぐっばいと言われる

以前スズキ・ジムニーに乗っていました。乗り心地があまりにも悪かったためショックアブソーバーを交換したことがきっかけで、ジムニーの楽しさにはまっていきました。

アルバイトの給料が入るたびにパーツを購入して、車の改造に随分とお金を掛けました。ジムニーは、ノーマルでも悪路走破性が抜群に高いのですが、足回りを改造したことでさらに過酷なシーンでも走破できるようになりました。

近所に合った四輪駆動車専用のオフロードコースの会員にもなり、ひたすらラインどりやアクセルワークの練習に励んでいました。

コース内でも難関と言われるステージをクリアすると、ギャラリーから歓声や拍手が沸き起こり、とても気分が良くなります。日曜などに走りに行くとギャラリーも多く、フラッシュもたかれるなど優越感にも浸ることができます。

しかし、過酷なところばかりを走っていると、どうしても車の傷みは激しくなります。

駐車場の路面に油が付いていることも度々ありました。その都度簡単な修復はするのですが、それでも不具合が徐々に増えてきます。それで、車検の時期に泣く泣く手放すことにしました。

一時的に乗ることにしたのは、スズキ・アルトです。アルトも決して悪い車ではないのですが、どうしてもジムニーと比較すると物足りなさを感じてしまいます。ジムニーをやめてからも、急な斜面や荒れた路面を見ると、無意識にラインどりなどを考えてしまうほどでした。

それから、数年が経ち、オフロードのことはまったく頭にもよぎらなくなりましたが、今でも当時乗っていたのと同じ型のジムニーを街中で見ると、つい目で追ってしまいます。ジムニーは運転する楽しさを味わうことのできるとても良い車でした。

廃車の考え方と免許取得後の痛い思い出

今はなんでもリサイクル、買取業者が力を付けている時代。いや厳密に言うと10年ぐらい前が全盛期だったように感じます。

車も例外ではありません。

廃車も手続きをして、処理をする考え方が多いですが、実際には業者に頼むのも簡単な一つだと思います。

廃車

車は家と同じぐらい高い買い物で、一世一代だったりしますよね。

若者こそ手放すまでの流れを知っていると便利だと思います。

大学1年の3月に自動車免許を取得した私は、大学に通うための足として車を購入しようと思っていました。もともと高校生の時は原付などの自動二輪に憧れ、乗ってみたいと思っていたのですが親に「バイクだけは乗るな」と反対され車なら免許取得後購入してあげると言われていました。

無事免許も取得できたので親と車の購入について話し合いをしました。

初心者は運転が下手で、すぐ傷をつけるということで中古車を購入することが決まりました。

小さな町でしたが中古車を取り扱う店がいくつかあり中でも父の会社の近くにある小さな中古車販売のお店に行き車を選ぶことになりました。

親が車を購入してくれるだけあって予算は20~30万円以内と少額でした。

それでも教習費用も車もお金を出してくれる親には頭があがらず感謝の気持ちでいっぱいでした。

ただ実際予算内を考えた車を見ていくと年式が古かったり、おっさん臭かったり予想はしていましたがショボイ車しか該当しませんでした。それらの車を見てとてもじゃないけど大学に通うのはつまらないなと思いました。

私は少し見栄っ張りのところがあるので大学に通うなら自分の納得のいく外見の車がいいな~と思っていました。

というのも大学毎日通うのにショボイ車で毎日通学すると想像すると気乗りしなかったのです。そんなことを思いながらショボイラインナップの中どれを購入しようか悩み数日経過しました。

悩んでいる間にも免許を取得したのだから早く車を運転して乗りこなしたいなと考えていた私は我慢できずに母にお願いして母の車を運転させてもらうことができました。母の車はマークエックスで250万円くらいします。

そんな高級車を免許を取得して1週間しか経過していない私は調子に乗ってしまい見事に車をぶつけてしまいました。

事件現場は家からすぐ近くのゆるやかな下り道にたたずむガードレールです。

ブレーキの場所を確認するため1秒くらい下に目を向けた後すぐぶつけました。結果修理費用は8万円で母を落ち込ませてしまいました。母の大事なマークエックスに傷をつけてしまった罪悪感いっぱいで調子に乗って運転したことを大反省したのは言うまでもありません。

大反省した私は母から出してもらうはずだった車の費用を自分で出すと申し出けじめをつけました。

結局中古で40万円程度の可愛い軽自動車を購入し全部自分のバイト代で貯めた貯金一括で支払いました。この出費は痛かったけど結果的に大学でも車を羨ましがられるし親に購入してもらうより自分で購入した方がとても大事に扱います。

また母の車をぶつけたこともあって事故しないよう安全運転で過ごし5年経過した今でのゴールド免許を維持しています。

30代で本当にお金が無かった学生時代

現在32歳会社員をしております。
私は12年前の大学時代にお金が全く無くて苦労しました。

 
そんな私の経験について掲載していきます。
当時私は東京の大学へ通っていました。

 
実家は東北の田舎となっていたので、就職先も限られてしまうと思いこの大学へ入学したのです。
しかし大学は私立となっていた為学費は高額となっていました。
奨学金制度を活用し学費は何とかなっていたのですが、問題は日々の生活費でした。
親からは毎月仕送りがあったのですが、実家自体それほど裕福な家庭ではなかったので私自身もバイトを掛け持ちしながら生活していました。
しかしそれでもお金が溜まる事は無く寧ろ毎月足りないくらいでした。
どうにかして生活費を抑えられないか考えました。

 
アパート代は毎月定額となっているので、削れる所は食費と光熱費となっていました。
まず食費を抑える為にご飯が付いてくる居酒屋のバイトを行いました。

 
以前から飲食系のバイトは賄いが付く事を知っていたのでこれで1食削る事が出来ました。

 
そのバイトが休みとなっている日には別の飲食系のバイトも行っていたので夕食は完全に削れました。

 
しかし学校に通っている昼間は食事が必要となってきます。
そこで近くのパン屋さんにお願いし、無料でパンの耳を頂く事が出来ました。

 
そして1袋10円で購入出来るもやしと1パック12円の納豆を購入して「もやし納豆パン」でほとんど毎日過ごしていました。
でもさずがにこれだけでは飽きてしまいます。

 

 
そこでとても有難かったのがスーパーの試食コーナーでした。
肉や野菜、チーズ等普段食べられない物がありました。

 
さらにクリスマスや正月近くになるとステーキやサーモン、生ハム等の決して自分では購入する事が出来ない物を味わう事が出来ました。
今となっては給料で好きな物が食べられるようになりましたが、大学時代は本当にお金がありませんでした。

冬場の不注意で愛車が廃車

現在32会社員の私は12年前に愛車を廃車にしてしまいました。
その時の事について掲載していきます。

 
高校卒業と同時に免許を取得し、憧れだったスポーツカーを新車で購入しました。
私の実家は東北の山間にあり実家から会社へと通っていました。

 
山間を降り1時間程掛けて会社へ行く道には信号も無いような道路となっており、根本的に交通量がほとんどない状態となっていた為、事故そのものが発生する事もありませんでした。
そんな中私は事故を起こしてしまったのです。

 
それは雪が降っている日の事でした。
仕事帰りはいつもお気に入りのアーティストの曲を掛けて帰路へと向かっていました。
その日もお気に入りの曲を車内で唄いながら家へと向かいました。

 
しかしいつもよりも積雪があった為帰り時間も長くなっていました。
その為CD1枚が終わってしまったのです。

 
そこで別のCDを掛けようとオーディオに気を取られた時の事でした。
一瞬目の前から視界を離した瞬間に道路から外れてしまい、道路下へと落ちてしまったのです。

 
そこはずっと下が川になっておりましたが、3メートル程落ちて停まりました。
私自身は全くの無傷でしたが、車は木々をなぎ倒したり突っ込んだりして走行不可能となってしまいました。

 

 
とりあえず実家に電話をしてから消防へと通報し、車を引き揚げてもらいました。
フロント部分からは煙が出ており、修復すら不可能な程の損害でした。

 

 
しかしこれだけの損害で私が無傷だった事に消防隊員も驚いていました。
私にとっては入念にメンテナンスを毎日繰り返す程だった愛車なので大きなショックとなってしまいました。

 

 
その後車は廃車となってしまいました。
あの事故によってちょっとした不注意が大事故に繋がり大事な物が一瞬で無くなってしまう事に気付かされました。
車の運転に不注意はあってはいけません。